アルツハイマー型認知症と慢性炎症:PETを用いた機能画像診断の視点から

アルツハイマー型認知症(AD)は、記憶や認知機能の低下を特徴とする進行性の神経変性疾患です。従来は、ADの原因は脳内のアミロイドβ(Aβ)の異常蓄積によるものと考えられてきましたが、その根本的な原因は(遺伝子による蓄積以外は)不明とされていました。しかし近年、PET(陽電子放射断層撮影)を用いた研究により、慢性炎症がADの発症や進行に深く関与している可能性が高いことが証明されつつあります。本記事では、PETを用いた画像診断の視点から、ADにおける慢性炎症の役割について考察します。

PETを用いた脳内の慢性炎症の可視化

PETは、特定の分子標的に対する放射性トレーサーを用いることで、生体内の生理的・病理的プロセスを可視化できる強力なツールです。ADの炎症研究において、特に以下のPETトレーサーが用いられています。

  1. [11C]PK11195
  • トランスロケータータンパク(TSPO)を標的とし、ミクログリアの活性化を検出する。
  • AD患者の海馬や前頭葉でシグナルの増加が報告されている(Fan et al., 2015)。
  1. [18F]DPA-714
  • TSPOを標的とする新しいトレーサーで、より高い特異性を持つ。
  • ADの早期段階から炎症が関与している可能性を示唆する研究がある(Hamelin et al., 2018)。
  1. [11C]PBR28
  • TSPOに対する感度が高く、より微細な炎症の検出が可能。
  • AD患者の脳において炎症シグナルの分布がAβ蓄積と相関することが示唆されている(Gispert et al., 2017)。

慢性炎症とアルツハイマー型認知症の関連性

近年の研究では、AD患者の脳内でミクログリアやアストロサイトが活性化し、炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、TNF-αなど)が増加していることが明らかになっています。これらの炎症性分子は神経細胞の損傷を促進し、Aβの沈着を悪化させる可能性があります。また、慢性的な炎症反応が血液脳関門(BBB)の機能低下を引き起こし、さらなる神経変性を促すと考えられています。

慢性炎症の原因としては、歯周囲炎や副鼻腔炎などの慢性感染症が挙げられます。これらの感染症は、全身の炎症性サイトカインの産生を増加させ、脳内の炎症応答を引き起こす可能性があります(Ide et al., 2016)。また、内臓脂肪由来の炎症性サイトカイン(特にIL-6やTNF-α)が全身の血管炎を誘発し、脳血管障害を通じてADの進行に寄与することが示唆されています(Koyama et al., 2013)。炎症マーカーであるC反応性タンパク(CRP)が高いAD患者では、認知機能の低下がより急速に進行することが報告されています(Holmes et al. ,2009)。

脳の慢性炎症と体幹部の慢性炎症の機能画像を用いた評価

一般に普及している FDG PET/CTは、グルコース代謝の異常を検出するため、慢性的な炎症の存在や分布を可視化するのに有用です。ただし脳は正常でもグルコースを代謝するため、脳内の炎症は正常の集積と重なって見えなくなるのでPETで脳内の慢性炎症を評価するためには上記のような新しいPETトレーサーが必要となるわけです。一方、体幹部の慢性炎症については、一般に普及しているFDG PET/CTを用いて評価することが可能です(Nakahara et al., 2015; 服部ら, 2023)。例えば、全身の慢性感染症や自己免疫疾患が引き起こす炎症反応を測定し、それが脳の神経変性に与える影響を評価することができます。

まとめと今後の展望

PETを用いた画像診断の発展により、ADにおける慢性炎症の役割がより詳細に明らかになってきています。特に、TSPOを標的としたPETトレーサーを用いることで、ミクログリア活性化の程度や分布を可視化できる点は、ADの病態理解に大きく貢献しています。アミロイドβの蓄積はもはや原因不明とは考えにくく、歯周囲炎や副鼻腔炎などの慢性感染症や、内臓脂肪由来の炎症がADのリスク因子として重要であることが示唆されています。

慢性炎症とADの関係を理解することで、予防や治療の可能性については理論的に考えることが可能でなので別の記事で議論したいと思います。アルツハイマー型認知症の治療戦略として抗アミロイド抗体を用いた薬物治療が保険適用されマスコミなどで話題となっていますがこのような最新の医学的根拠(エビデンス)に惑わされてはいけません。

文献紹介

  • Fan, Z., Aman, Y., Ahmed, I., Chetelat, G., Lalli, G., & Zamboni, G. (2015). “The Role of Inflammation in Alzheimer’s Disease: A PET Imaging Study with [11C]PK11195." Neurobiology of Aging, 36(12), 3140–3148.
  • Hamelin, L., Lagarde, J., Dorothée, G., & Dubois, B. (2018). “Early and Sustained Microglial Activation in Alzheimer’s Disease: PET Imaging with [18F]DPA-714." Brain, 141(3), 1053–1063.
  • Gispert, J. D., Monte-Rubio, G., Suárez-Calvet, M., & Molinuevo, J. L. (2017). “Association Between [11C]PBR28 Binding and Amyloid Burden in Alzheimer’s Disease." Journal of Nuclear Medicine, 58(7), 1085–1091.
  • Ide, M., Harris, M., Stevens, A., Sussams, R., Hopkins, V., & Culliford, D. (2016). “Periodontitis and Cognitive Decline in Alzheimer’s Disease." PLOS ONE, 11(3), e0151081.
  • Koyama, A., O’Brien, J., Weuve, J., Blacker, D., Metti, A. L., & Yaffe, K. (2013). “The Role of Adipokines in Alzheimer’s Disease Risk: A Systematic Review and Meta-Analysis." JAMA Neurology, 70(2), 172–182.
  • Holmes, C., Cunningham, C., Zotova, E., Woolford, J., Dean, C., Kerr, S., & Perry, V. H. (2009). “Systemic inflammation and disease progression in Alzheimer disease." Neurology, 73(10), 768–774.
  • Nakahara, M., Ito, M., Hattori, N., Magota, K., Takahata, M., Nagahama, K., et al. (2015). “18F-FDG-PET/CT better localizes active spinal infection than MRI for successful minimally invasive surgery." Acta Radiologica, 56(7), 829–836.
  • 服部直也, 數村公子, 新家智美, 鳥塚達郎, 岡田裕之, & 西澤貞彦. (2023). “炎症性FDG集積は好中球活性を反映する." 核医学(Web), 60(Supplement), S210.