最新のエビデンスほどあてにならないものはない その4 適用条件編
はじめに
高血圧や高コレステロール血症は、心血管疾患や脳血管障害の主要な危険因子として広く知られています。現在使用されている治療薬は、これらの疾患に対するエビデンスに基づき開発され、有効性が確認されたものですが、その適応範囲については慎重に考慮する必要があります。本記事では、薬剤の有効性に関するエビデンスの適応条件とその問題点について掘り下げていきます。
本態性高血圧と家族性高コレステロール血症
高血圧には様々な原因がありますが、その中には「本態性高血圧」と呼ばれる、原因が特定できないタイプの高血圧があります(Carretero & Oparil, 2000)。これは遺伝的要因が強く関与していると考えられ、動脈硬化を引き起こし、心血管疾患や脳血管障害のリスクを高めます。同様に、高コレステロール血症にも家族性のものがあり、これも遺伝的要因により発症し、動脈硬化を促進することが知られています(Goldstein & Brown, 2001)。現在用いられている高血圧や高コレステロール血症の治療薬は、これらの病態モデルに基づいた動物実験や患者データをもとに開発され、その有効性が確認されています(Whelton et al., 2018)。そのため、これらの薬剤の有効性に関するエビデンスは、特定の病態における有効性を示すものであり、すべての患者に対して同様の効果があるとは限りません。
生活習慣と生理反応が関与する高血圧・高コレステロール血症
一方で、実際に治療が行われている高血圧や高コレステロール血症の多くは、遺伝的要因よりも生活習慣に起因するケースがほとんどです。食事の過剰摂取、運動不足、ストレスなどが生理的な反応として高血圧や高コレステロール血症を引き起こしている場合、単に薬剤を投与するだけでは根本的な解決にはなりません(Lloyd-Jones et al., 2017)。薬剤のエビデンスに関しては、その適応条件を慎重に考慮する必要があります。例えば、高血圧の治療薬が様々な疾患の予防に効果を発揮するというエビデンスは、あくまで高血圧の原因が特定の病態に基づいている場合に有効であることが前提となっています。しかし、生活習慣が原因の高血圧に対して同じ薬剤を使用した場合、その有効性を保証する理論的根拠は必ずしも明確ではありません(James et al., 2014)。
アルツハイマー型認知症治療薬とエビデンスの課題
最近、アルツハイマー型認知症の治療薬として、抗アミロイド抗体を用いた治療薬がマスコミで話題になっています。この薬剤の開発経緯においても、原因不明のアミロイドβ沈着が認知症の根本原因であるという仮説のもとに開発されている点に注意が必要です。アルツハイマー型認知症も高血圧や高コレステロール血症と同様に、遺伝的要因による本態性疾患に加えて、生活習慣による生理反応としてのβアミロイド蓄積の可能性が高いことが判明しつつあります。もし生活習慣がβアミロイド蓄積の原因であるならば、出血などのリスクを負ってまで抗アミロイド抗体治療を行うことには本質的な意味がなく、むしろβアミロイド沈着の有無を評価し、その原因となっている生活習慣を見つけ出して改善する方法を示すことこそが本来の正しい医学のあり方であると考えられます。
臨床現場における課題と対策
このように、様々な治療薬が病態モデルを用いて開発され、その有効性が検証され、実際の臨床に使われています。しかし、実際の臨床現場ではこうした細かい適応条件が考慮されず、表面的な現象だけを基に薬剤が使用されることが多いため必ずしも病態モデルが実際の患者の病態に一致しているとは限らない点に注意が必要です。特に、成人病関連の疾患では、病態モデルと実際の患者の病態の機序が明らかに異なる場合が多く、薬剤の有効性に関するエビデンスをそのまま適用することはできません。単純に「高血圧に有効である」「心疾患予防に効果的である」といった医学的エビデンスを鵜呑みにするのではなく、個々の患者の病態や背景を十分に考慮した上で適切な治療を選択することが極めて重要です。
病気だけにかかわらず、すべての事象には原因があって結果があります。病気の原因が遺伝子など自分の力の及ばない部分にあるときには医学の力が必要になります。しかし、病気の原因が生活習慣など自分でコントロールできる現象にあるのであれば、それを整える道筋を示すことこそが正しい医学の使い方であり、現象としての高血圧や高コレステロール血症を薬剤で抑えることは医者と医学の使い方として正しくないと私は考えています。
参考文献
- Carretero, O. A., & Oparil, S. (2000). Essential Hypertension: Part I: Definition and Etiology. Circulation, 101(3), 329-335.
- Goldstein, J. L., & Brown, M. S. (2001). Molecular medicine: The cholesterol quartet. Science, 292(5520), 1310-1312.
- Whelton, P. K., et al. (2018). 2017 ACC/AHA Guideline for the Prevention, Detection, Evaluation, and Management of High Blood Pressure in Adults. Journal of the American College of Cardiology, 71(19), e127-e248.
- Lloyd-Jones, D. M., et al. (2017). Defining and Setting National Goals for Cardiovascular Health Promotion and Disease Reduction. Circulation, 121(4), 586-613.
- James, P. A., et al. (2014). 2014 Evidence-Based Guideline for the Management of High Blood Pressure in Adults. JAMA, 311(5), 507-520.












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