アミロイドPETとアルツハイマー型認知症治療の今:PETは検診でこそ活用すべき

アミロイドPETとアルツハイマー病の関係

アルツハイマー型認知症(AD)は、発症の10〜20年前から脳内にβアミロイドが異常に蓄積することで始まるとされています。この病態を視覚的に評価する手法として、2000年頃にPET(陽電子放出断層撮影)を用いたアミロイドPETが開発されました。2016年には日本でも臨床使用が認可されたものの、保険適用には至らず、私の所属していたクリニックなどで検診や研究目的などに限って細々と活用されてきました。しかし、2023年からは、抗アミロイドβ抗体薬の治療適応を判断する目的に限ってアミロイドPET検査が保険適用となり、注目が集まっています。これは、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβに作用する新薬(例:アデュカヌマブ、レカネマブなど)が登場したことを受け、その効果が見込まれる患者を正確に選別する必要があるためです。

アミロイド仮説とその背景

アルツハイマー型認知症の病態メカニズムとして広く知られているのが「アミロイド仮説」です。これは、βアミロイドの異常蓄積が認知症の根本原因とするもので、その蓄積がタウ蛋白のリン酸化や神経変性を引き起こし、最終的に認知症の発症に至るという考え方です。この仮説の有効性を裏付ける根拠として、特に遺伝性アルツハイマー病(Familial Alzheimer’s Disease: FAD)において、遺伝子変異(APP、PSEN1、PSEN2など)がアミロイドβの産生過剰や排出障害を引き起こし、早期から病理が進行することが示されています(Bateman et al., 2012)。このようなFADに基づく明確な病態モデルを背景に、抗アミロイド抗体薬の設計が進められました(Selkoe & Hardy, 2016; Cummings et al., 2018)。

散発性ADへの応用とその限界

ところが、一般的なアルツハイマー病患者の多くは、遺伝的要因を持たない「散発性AD」のため上記のアミロイド仮説がそのまま当てはまるかどうかについては見解が分かれています。アデュカヌマブがFDA承認された背景にはアミロイド仮説に対する過度な信頼があり、科学的エビデンスに乏しいまま承認がなされたことを批判的に述べている研究者もいます(Mullard , 2021))。また現在開発中・過去に失敗した多くの抗アミロイド薬が、FADに依存したモデルをもとに設計されており、それを散発性ADにそのまま適用することの難しさを指摘する研究者もいます(Cummings et al., 2018)。近年の研究では散発性ADではアミロイドβの蓄積自体が発症の根本的な「原因」ではなく、他の病態の「結果」である可能性が示唆されています。その場合はその根本的な原因に働きかけない限り治療効果は期待できません。実際、抗アミロイド抗体薬は、統計的には軽度の効果が確認されたものの、個々の症例で明確な改善が見られることは少なく、臨床的な実用性にはまだ課題が多く残っています。

慢性炎症とアミロイドβ:新たな視点

近年の研究では、アミロイドβの蓄積に脳内の慢性炎症が関与している可能性が注目されています。神経炎症に伴うミクログリア活性化などの炎症応答がアミロイドβの沈着を促進するという可能性です(Heneka et al.2015)。PETを用いた機能画像診断でも、アミロイドβ蓄積と脳内の炎症(TSPO PETによる)との間に有意な相関があることが示され、慢性炎症がアミロイド病理の前駆因子である可能性が示唆されています(Pascoal et al. 2021)。これらの研究結果から、散発性ADにおいてはアミロイドβは認知症の根本病因ではなく、炎症の結果として脳内に蓄積する「指標」として位置づけられる可能性が出てきました。

アミロイドPETの本来の活用法:検診としての意義

抗アミロイド抗体薬の治療効果などが最新のエビデンスとしてマスコミなどで騒がれることが多いですがこのような最新のエビデンスはほとんどあてになりません。冷静になって理論的に考えると、アミロイドPETの本来の活用法は、抗アミロイド抗体薬の適応を判断する手段というよりも、検診ツールとしてアミロイドβの蓄積状況を可視化し、生活習慣や炎症リスクの評価・改善に繋げることではないかと考えられます。脳内にアミロイドβの蓄積が認められれば、慢性炎症の可能性を考慮し、その原因にアプローチする治療や生活改善を検討するきっかけになります。逆に蓄積が見られなければ、これまでの生活習慣が脳の健康維持に寄与している証左と考えられるでしょう。これは、ちょうど健康診断におけるコレステロール測定と同じです。異常があれば改善のきっかけとなり、正常であれば現状維持の励みになります。抗アミロイド抗体薬の効果が期待されたほどでなかったのはコレステロール値をただ薬で下げても動脈硬化の進行は抑制されないのと同じ理屈で説明できるかもしれません。つまり動脈硬化の進行を抑えて、心血管障害のリスクを下げるためには根本原因である生活習慣の改善が必要となるのと同じ理屈です。

まとめ:認知症の積極的予防に向けて

今後、アミロイドPETの保険適用がさらに広がり、検診目的での利用が一般化することが望まれます。そしてアミロイド仮説に固執するのではなく、多因子的な視点からアルツハイマー型認知症を予防・早期発見・早期介入していくアプローチが、今後の認知症医療に求められていると私は考えています。

参考文献

  • Bateman, R. J., et al. (2012). Clinical and biomarker changes in dominantly inherited Alzheimer’s disease. New England Journal of Medicine, 367(9), 795–804. https://doi.org/10.1056/NEJMoa1202753
  • Selkoe, D. J., & Hardy, J. (2016). The amyloid hypothesis of Alzheimer’s disease at 25 years. EMBO Molecular Medicine, 8(6), 595–608. https://doi.org/10.15252/emmm.201606210
  • Cummings, J., et al. (2018). Alzheimer’s disease drug development pipeline: 2018. Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions, 4, 195–214. https://doi.org/10.1016/j.trci.2018.03.009
  • Mullard, A. (2021). Landmark Alzheimer’s drug approval confounds research community. Nature, 594(7863), 309–310. https://doi.org/10.1038/d41586-021-01546-2
  • Heneka, M. T., et al. (2015). Neuroinflammation in Alzheimer’s disease. The Lancet Neurology, 14(4), 388–405. https://doi.org/10.1016/S1474-4422(15)70016-5
  • Pascoal, T. A., et al. (2021). Microglial activation and tau propagate jointly across Braak stages. Nature Medicine, 27(9), 1592–1599. https://doi.org/10.1038/s41591-021-01456-6