がんの発生メカニズムと予防の鍵|免疫・生活習慣・炎症との関係
がんは私たちの体の中で、日常的に生まれては免疫により排除されている「日常現象」であることをご存じでしょうか。この記事では、がんができる仕組みと私たちがとれる予防戦略について、理論的に考えてみます。
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がんはDNA複製エラーから始まる
がんは、細胞分裂の際に起こるDNAの複製エラーが原因で生じます。人の体内では、1日に数千億個もの細胞が分裂しており、そのたびに微小なエラーが一定の確率で発生します。一説には、私たちの体では毎日約2000個程度のがん細胞が自然発生していると考えられています。これは、幹細胞分裂数とがんリスクとの相関を示した研究から導かれた推定値です(Tomasetti & Vogelstein, 2015)。これらのエラーが修復されず蓄積されることで、がん細胞が生まれると考えられています。
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慢性炎症ががんを生む
細胞分裂の頻度は、組織が傷ついたときの修復反応で増加します。つまり、体のどこかに慢性的なダメージや炎症があると、その部位でDNA複製の機会が増え、結果的にがん発生のリスクが高くなります。タバコ、放射線、発がん物質などがよく知られる原因ですが、それらががんを引き起こす本質的な理由は、慢性炎症を誘発し、細胞の再生を繰り返させることにあります。たとえば、以下のようながんは慢性炎症との関連が明らかです:
- タバコによる慢性気管支炎 → 肺がん
- ピロリ菌による慢性胃炎 → 胃がん
- 肝炎ウイルス(HBV、HCV) → 肝臓がん
- ヒトパピローマウイルス(HPV) → 子宮頸がん
このような関係は、がんと慢性炎症の結びつきを報告した研究(Balkwill & Mantovani, 2001;Coussens & Werb, 2002)でも支持されています。
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がんはブドウ糖を消費しつつ時間をかけて育つ
がん細胞の多くは、ミトコンドリアの働きが弱く、酸素を利用する代謝ができないため、ブドウ糖をエネルギー源とする「解糖系」に依存しています。この代謝の特徴を最初に指摘したのが、オットー・ワールブルク博士です(Warburg, 1956)。この性質を応用した検査がFDG-PET/CTで、がん細胞が大量のブドウ糖を取り込む性質を利用して体内のがんを画像として可視化できます。1つのがん細胞がPET検査で検出できるような大きさ(およそ1cm)になるには、10〜20年かかるとされています(Vogelstein et al., 2013)。つまり、がんはある日突然できるわけではなく、長い年月をかけて徐々に育っていくのです。ただし、がん細胞のほとんどは免疫によって排除されます。免疫が正常に働いていれば、がんが大きくなる前に自然に処理されているのです。
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がん予防戦略:理論に基づいた実践とは?
発生メカニズムが理解できれば、がん予防は理論的に推察できます。マスコミなどでは「XXX大学の最新の研究報告によるとXXX を摂取すればXXXがんが予防できることが判明した」などの最新のエビデンスが大々的に報告されることが多いのですが、そのような最新のエビデンスはほとんど役に立ちません。冷静になって理論的に考えれば、がんの予防法は具体的には「慢性炎症の抑制」と「免疫力の維持」に尽きます。
🔹 慢性炎症の抑制
ピロリ菌の除菌、禁煙、肝炎ウイルスの治療などは、炎症の原因を断つことでがん予防に極めて有効です。
🔹 免疫力の維持
ストレス管理、睡眠、適度な運動、腸内環境の改善などは、免疫を強く保つための基本です。免疫が適切に機能すれば、がんの芽は早期に処理されます。
🔹 薬剤の長期使用に注意
ステロイドが代表的ですが(Buttgereit et al., 2005)、それらに限らず日常的に使用されている多くの薬剤は防御反応を抑える=免疫を抑制して作用するため、長期使用ではがん発生リスクが理論的に高まる可能性があります。
🔹 糖質過多の回避
がん細胞はブドウ糖を大量に消費します。高血糖や糖質過多の状態は、がん細胞にとって好ましい環境をつくります。糖質代謝とがんの関係を深掘りした研究では、がんを「代謝性疾患」と捉える見方もあります(Seyfried & Shelton, 2010)。
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まとめ
がんは、私たちの体の中で毎日生まれては、免疫によって破壊されている自然な現象です。長期にわたり慢性炎症や免疫低下が続くことで、がんは大きくなり、検出・発症に至ります。しかし、生活習慣の改善や感染予防、糖質コントロール、ストレス対策など、私たちができることも多くあります。がんの仕組みを理解することは、日常の小さな選択が将来を大きく左右することへの気づきにつながります。
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参考文献
- Tomasetti, C., & Vogelstein, B. (2015). Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions. Science, 347(6217), 78–81. https://doi.org/10.1126/science.1260825
- Balkwill, F., & Mantovani, A. (2001). Inflammation and cancer: back to Virchow? The Lancet, 357(9255), 539–545. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(00)04046-0
- Coussens, L. M., & Werb, Z. (2002). Inflammation and cancer. Nature, 420(6917), 860–867. https://doi.org/10.1038/nature01322
- Vogelstein, B., et al. (2013). Cancer genome landscapes. Science, 339(6127), 1546–1558. https://doi.org/10.1126/science.1235122
- Warburg, O. (1956). On respiratory impairment in cancer cells. Science, 124(3215), 269–270.
- Buttgereit, F., et al. (2005). Mechanisms of action of glucocorticoids in rheumatoid arthritis. Arthritis Research & Therapy, 7(3), 117–123. https://doi.org/10.1186/ar1703
- Seyfried, T. N., & Shelton, L. M. (2010). Cancer as a metabolic disease. Nutrition & Metabolism, 7, 7. https://doi.org/10.1186/1743-7075-7-7
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