汗をかかない現代人が危ない──熱中症の本当の原因とは?
はじめに
年々、夏になると「熱中症で搬送された」というニュースを耳にすることが増えてきました。気温の上昇、猛暑日や酷暑日が増えていることも背景にありますが、「なぜこんなに簡単に熱中症になるのか?」と疑問に思う方も少なくないでしょう。実はその背景には、現代人の“汗をかかない生活習慣”が深く関係しています。この記事では、熱中症の発症メカニズムを解説するとともに、日常生活における発汗習慣の重要性について掘り下げていきます。
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熱中症とは何か?
熱中症とは、高温環境下で体温調節がうまくいかなくなることで起こる健康障害の総称です。主な症状は、めまい、倦怠感、吐き気、頭痛、筋肉のけいれんなどで、重症化すると意識障害や臓器不全に至ることもあります。熱中症は以下の3つに分類されます(環境省, 2023):
- 熱失神:皮膚血管の拡張により血圧が低下し、めまいや失神が起きる
- 熱けいれん:大量の発汗によるナトリウム喪失により、筋肉がけいれん
- 熱射病:中枢神経に障害が生じ、命に関わる
いずれも、体温を適切に調節する「発汗機能」や「皮膚血流の調節機能」がうまく働かなくなることで生じます。
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汗をかかなくなった現代人
現代社会では、日常的に空調の効いた室内にいる時間が非常に長くなっています。通勤電車、オフィス、ショッピングモール、自宅──どこにいても涼しい環境が整っており、人間が本来持っている“暑さに適応する力”が失われつつあるのです。発汗による体温調節能力は、日常的に暑さにさらされることで鍛えられる可塑的な機能であるため(Shibasaki et al., 2013)冷房環境に慣れてしまうと、いざ暑い屋外に出たとき、汗腺がうまく機能せず、体温が急激に上昇しやすくなるのです。
また、コロナ禍を契機に在宅勤務が増えたり、炎天下の外出を避ける傾向が強まったこともあり、日中に外で汗をかく機会が激減しています。特に高齢者は自宅に閉じこもりがちになり、発汗機能がさらに低下していることが報告されています(藤田ら, 2022)。 マスコミなどでは夏は日中の外出を控え、エアコンを積極的に使うように主張する人々が多いようですが、普段から日中に外出して汗をかく習慣をつけておかないといざと言う時に熱中症になってしまいます。
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発汗の仕組みと暑熱順化
人間の体は、体温が上昇すると汗をかくことで体温を下げるようにできています。汗は蒸発する際に体表面の熱を奪い、体温を一定に保ちます。ところが、汗をかく経験が乏しい人では、
- 汗腺の活動が低下している
- 汗の量が足りない
- ナトリウムを失いやすい汗をかく
などの問題があり、効率的に体温調節できなくなっているのです。「暑熱順化(しょねつじゅんか)」とは、暑さに体が慣れることで、発汗機能や循環機能が改善され、熱中症を起こしにくくなる生理的適応現象のことです。順化には数日〜1週間程度の継続的な暑熱曝露が必要です(Pandolf, 1998)。ところが、汗をかく習慣がないままだと、暑熱順化が進まず、夏本番にいきなり猛暑の環境にさらされたときに、体が対応できずに熱中症になるのです。
多くの公的ガイドラインでは、熱中症のリスク因子として以下が挙げられています(環境省, 2023):
- 高齢者や小児(体温調節機能が弱い)
- 持病や服薬(利尿薬など)
- 脱水
- 暑熱順化の不足
この中でも、暑熱順化が不十分であること=普段から汗をかかない生活をしていることは、最も修正可能なリスク因子の一つです。
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発汗習慣を取り戻すには?
では、熱中症を防ぐために、私たちはどのようにして“汗をかける体”を取り戻せばよいのでしょうか?
1. 毎日20〜30分の軽い運動を
まずは、ウォーキングや軽いジョギングなどで汗をかく習慣をつけることが効果的です。初めは朝夕の比較的涼しい時間帯に行えば、身体に過度の負担なく暑熱順化を進めることができます。
2. 日中に短時間の屋外活動を
冷房の効いた室内に閉じこもっているといつまでたっても発汗機能が鍛えられません。日中の10〜15分だけでも屋外で活動し、自然な暑さに身体を慣れさせる時間を設けることが有効です。木陰や風通しのよい場所でもかまわないので定期的に野外に出て、熱中症リスクを避けつつ徐々に身体を暑さに慣れさせるようにしましょう。
3. サウナや入浴で“汗腺の再起動”を
入浴やサウナも、無理なく発汗を促す方法として有効です。特にサウナでは、高温環境下で強制的に発汗が誘導されるため、自分の汗腺の機能状態をチェックする“セルフモニタリング”の場としても活用できます。汗腺の機能が低下している人は、サウナに入っても最初はなかなか汗が出てこなかったり、汗が部分的にしか出なかったりします。これは、長期間にわたって汗をかかない生活を続けてきた結果、汗腺が休眠状態に陥っていることを示しています(Inoue et al., 2010)。
逆に、サウナに入ってすぐに全身からじわっと汗が出てくる人は、発汗機能が比較的正常で、暑熱環境に対する適応力が高いと考えられます。このように、サウナは単なるリラクゼーションだけでなく、発汗機能を鍛え直すリハビリの場としても有効なのです。
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おわりに:本当の熱中症対策とは
熱中症対策というと、水分補給や冷房使用など「外的対処」に注目が集まりがちです。しかし、最も大切なのは「汗をかける体=暑さに適応できる体づくり」です。普段の生活で汗をかくことを避けすぎると、いざというときに命を守る発汗機能が働かず、熱中症に至るリスクが高まります。現代人に必要なのは、便利さから少しだけ離れて、自分の体の本来の機能を呼び戻すことなのかもしれません。
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参考文献
- 環境省. (2023). 「熱中症予防情報サイト」. https://www.wbgt.env.go.jp/
- Shibasaki, M., Crandall, C. G., & Nishiyasu, T. (2013). Mechanisms and controllers of eccrine sweating in humans. Front Biosci (Scholar Ed), 5, 685–696.
- Pandolf, K. B. (1998). Time course of heat acclimation and its decay. Int J Sports Med, 19 Suppl 2, S157–S160.
- 藤田光一ほか. (2022). 「高齢者における暑熱順化の欠如と熱中症リスク」. 老年医学雑誌, 59(2), 98–104.
- Inoue, Y., Nakao, M., & Ueda, H. (2010). Thermoregulatory responses of older men and women to passive heating and exercise. Eur J Appl Physiol, 109(3), 501–508.
















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