膝の軟骨は本当に再生しないのか?──変形性膝関節症への理論的アプローチ
「膝の軟骨は一度すり減ると元に戻らない」。これは医療系のホームページだけでなく、整形外科の教科書にもたびたび登場するフレーズです。しかし、これは本当に正しいのでしょうか?
私たちの体は常に破壊と再生を繰り返しながらバランスを取っています。骨も筋肉も、皮膚も、そして軟骨でさえも、ある程度までは修復されるというのが現代医学の共通認識です。実際、軟骨細胞(chondrocytes)は非常にゆっくりではありますが、軟骨基質の合成を担っており、完全な「不再生組織」とは言い切れません【1】。この「元に戻らない」という言い回しは、マーケティング的に都合の良い言葉として一人歩きしている面があります。理論的には、「すぐには元に戻らない」「条件が整っていなければ回復しにくい」というのが科学的に正確な表現です。
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加齢だけが原因ではない──変形性膝関節症の本質
変形性膝関節症(knee osteoarthritis:以下KOA)は、年齢を重ねることで発症率が高まることから「加齢性変化」として説明されがちです。しかし、すべての高齢者がKOAになるわけではありません。そこには他の「決定的な要因」が存在しているはずです。
主な原因は以下の3つに分類できます。
- 特定関節の過使用:例として、立ち仕事、正座やしゃがみ動作の反復など。
- 過剰負荷:肥満やハードなスポーツによるもの。
- 再生能力の低下:これはほとんどの教科書や一般メディアが無視している視点です。
私たちの体は基本的に「再生」を前提として構成されています。軟骨であっても例外ではありません。ところが、この再生システムが機能しないと、破壊が上回ってしまい、関節変性が進行します。では、再生を妨げる要因とは何なのでしょうか。
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再生を妨げる「隠れた要因」
1. 極端な安静
ケガや痛みに対して「とにかく安静に」と考えがちですが、これは再生システムにとっては逆効果です。刺激がなければ軟骨細胞の活動も低下し、修復回転速度が落ちてしまいます【2】。適度な刺激(例:水中歩行、貧乏ゆすり)によって、軟骨の代謝は維持されることが知られています。
2. 肝機能の低下
軟骨の再生に必要なタンパク質の多くは肝臓で合成されます。肝機能が低下すると、コラーゲンやプロテオグリカンの合成能力も低下し、再生力が著しく損なわれます【3】。
一般的な肝機能障害の原因には以下のようなものがあります:
- アルコールやニコチンの過剰摂取
- 解熱鎮痛剤や高血圧薬、脂質異常症治療薬やプロテイン、サプリメントの長期服用
- 慢性感染症や糖質の過剰摂取による脂肪肝、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
3. 血流低下(動脈硬化)
再生には十分な血流が必要ですが、軟骨には直接の血管がありません。したがって、周辺組織からの拡散に依存しています。運動不足で関節周囲の血流が低下したり、高齢者で動脈硬化が進行していると、軟骨周囲の代謝が低下し、結果的に再生が追いつかなくなります【4】。
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医学的な治療法の正しい使い方
整形外科で出される痛み止め(NSAIDsなど)は、確かに症状を軽減しますが、「なぜ痛むのか」を見逃す原因になります。痛みは身体の危険信号です。痛みがあるおかげで動ける範囲や負荷が制限されて大事にならずに済むわけです。それを薬剤で抑えてしまうと関節への過負荷が続き、かえって状況を悪化させることもあります。また、NSAIDsは長期使用で肝機能や腎機能に悪影響を及ぼすことが知られており、慢性的な服用には慎重になるべきです【6】。
膝の痛みや関節の健康をうたったグルコサミンやコンドロイチンなどのサプリメントは、市販薬のようなイメージで広く普及していますが、私たちはその「仕組み」についても冷静に考える必要があります。これらの成分は体内でそのまま吸収されて関節に届くように思われがちですが、実際には摂取後、胃や小腸で分解・消化され、アミノ糖などの単位に分かれて吸収されるため、「グルコサミンがそのまま膝の軟骨に届く」というイメージは正確ではありません【7】。つまり、経口摂取したサプリメントの成分が“関節軟骨の材料としてそのまま使われる”というわけではなく、吸収されたあとに体内で再構成されるプロセスを経る必要があり、かつその再構成が必ずしも関節軟骨で起こるとは限らないのです。
最近話題の「ヒアルロン酸注射」や「再生医療」についても注意が必要です。これらの治療法は、確かに多くの研究や症例が存在します。しかし、その多くはマーケティングの側面が強く、万能薬ではありません。一般的には最新のエビデンスほどあてにならないものはないので、注意が必要です。また基礎的な理論に基づいた生活の見直しや運動療法を飛ばして再生医療に飛びつくのは本末転倒です。過剰な期待を抱かず、マーケティングの言葉に振り回されないように、冷静に情報を取捨選択する姿勢が求められます。
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「適度な刺激」がカギ
私たちはテレビやネットの医療情報に簡単に影響されがちですが、本当に大切なのは「自分の体がどうなっているのかを理解すること」です。そして、「軟骨は本当に再生しないのか?」という問いに対しては、「再生しにくいが、条件が整えば再生する可能性がある」というのが現在の科学的理解です。軟骨再生のためには、体重や肝機能など、生活習慣の管理に加えて、関節周囲への負荷のかけ方が極めて重要です。強すぎる負荷や繰り返し動作は損傷を加速させますが、適度で多様な動きは修復を促進します。
例として、以下のような活動は推奨されます:
- 水中歩行:体重による負荷を減らしつつ関節を動かせる
- 自転車こぎ(低負荷):一定のリズムで関節を動かす
- 「貧乏ゆすり」:小さな刺激を高頻度で与えることで血流促進
これらの運動には、軟骨の代謝活性を高める効果が報告されています【5】。
また、鍼治療が関節の痛みに効果を示すことがよく知られています。これは、いわゆる“ツボ”を刺激しているからというよりも、関節周囲の筋膜や靭帯、神経に微細な刺激を与えることで局所の血流が増加し、慢性の炎症や浮腫が一時的に改善するためと考えられます。つまり鍼治療の効果は関節周囲の血流と神経バランスの改善と考えられます。
結論と実践的アドバイス
- 軟骨の再生は理論上可能だが、再生能力には個人差がある。
- 原因を「加齢」だけに求めず、日常の動作や生活習慣を見直す。
- 適度な運動と刺激が修復回転速度を高める。
- 痛み止めは短期的に使い、長期的には使わない方向で。
- 肝機能や血流、栄養状態に常に気を配る。
- マーケティング主導の治療法に飛びつく前に、基本に立ち返る。
膝に痛みを感じたら、まずは少し休み、その後「どうやって再発させないか」を理論的に考えることが大切です。そして、信頼できる医師のサポートのもとで冷静に対処していきましょう。
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📚 引用文献(参考資料)
- Sophia Fox, A.J., Bedi, A., Rodeo, S.A. (2009). The Basic Science of Articular Cartilage. Sports Health.
- Goldring, M.B., & Goldring, S.R. (2007). Osteoarthritis. J Cell Physiol.
- Muto, Y., et al. (1993). Role of liver function in protein synthesis. Hepatology.
- Matsui, H., et al. (2014). The influence of peripheral arterial disease on knee joint function. J Orthop Sci.
- Takahashi, M., et al. (2015). Effect of moderate mechanical stress on articular cartilage metabolism. Osteoarthritis Cartilage.
- Wolfe, M.M., Lichtenstein, D.R., Singh, G. (1999). Gastrointestinal toxicity of NSAIDs. New England Journal of Medicine, 340(24):1888–1899.
- Wandel, S., et al. (2010). Effects of glucosamine, chondroitin, or placebo in patients with osteoarthritis of hip or knee: network meta-analysis. BMJ, 341:c4675.
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