前立腺がんのスクリーニング:PSA高値から生検へ進む前にMRIを考えるべき理由

前立腺がんは、日本でも男性のがんの中で罹患数が最も多い疾患の一つとなりました。特に高齢化に伴い、PSA(前立腺特異抗原)を用いたスクリーニング検査で早期発見されるケースが増えています。しかし、PSAが高値であった場合に「すぐに前立腺生検を行うべきか」、あるいは「まずMRIなどの画像診断を行ってから判断すべきか」は、近年の診療で議論のあるテーマです。

PSA検査と前立腺がんの関係

PSAは、前立腺の上皮細胞から分泌されるタンパク質で、前立腺がんだけでなく前立腺肥大症や炎症でも上昇するため、がん特異的マーカーではないことが知られています。それでも、血中PSA値の上昇は前立腺がんのリスクと関連しており、目安として以下のような報告があります。

  • PSAが4〜10 ng/mLの範囲では、約20%の症例で生検により前立腺がんが検出される
  • PSAが10 ng/mLを超えると、約70%の症例で前立腺がんが見つかる

(参考文献:Thompson IM et al., NEJM, 2004)

したがって、PSA高値の際には生検を検討するのが一般的ですが、すべての患者に即生検を行うことが最適とは限りません。

前立腺生検の役割と課題

前立腺生検は、組織を採取してがんの有無を直接確認できる確立された診断法です。しかし、侵襲的な手技であり、出血や感染などの合併症リスクを伴います。また、画像検査と比べて「心理的なハードル」が高いと感じる人も少なくありません。さらに、生検には「サンプリングエラー」の問題もあります。つまり、がんが存在していても、がん細胞を含まない部位から組織を採取した場合には陰性結果となることがあります。

逆に、微小ながん細胞がたまたま採取された場合には、臨床的に重要でない低悪性度がんを過剰に診断してしまうリスクもあります。

MRIを用いたリスク層別化という新しい流れ

近年の国際的な潮流として、PSA高値の場合にはまず前立腺MRI(特にmultiparametric MRI; mpMRI)を行い、疑わしい病変がある場合にのみ生検を行うという方針が推奨されています。このアプローチは「MRI主導型前立腺がん診断(MRI-first approach)」と呼ばれます。実際、欧州泌尿器科学会(EAU)は2023年のガイドラインで、初回生検前のMRI実施を推奨しています。MRIで異常が見られなかった場合、生検を回避できるケースも多く、不要な侵襲や過剰診断を防ぐことができます。(参考文献:EAU Guidelines on Prostate Cancer, 2023)

MRIで見つかる前立腺がんの大きさと意味

MRIで前立腺がんを「陽性」と判断できるためには、一般的に6 mm程度のサイズが必要とされます。そのためMRIは「超早期発見」の手段ではありませんが、臨床的に意味のあるがん(治療介入が必要な中~高リスク病変)を効率よく検出できる点に価値があります。一方、MRIで描出されないような極めて小さいがんは、悪性度が低く、経過観察で十分な場合が多いこともわかっています。つまり、MRIを用いたスクリーニングは「がんを見逃さないこと」だけでなく、「見つけすぎないこと(オーバーダイアグノシスの回避)」にも貢献します。

前立腺がんの悪性度と検出方法の選択

前立腺がんは一般的に分化度の高い(悪性度の低い)腫瘍が多く、特に検診で無症状のうちに発見されるタイプはゆっくり進行することが知られています。一方で、悪性度の高い前立腺がんは、初診時から再発病変や転移病変として見つかることが多く、スクリーニングの対象とは異なる群です。このような性質を踏まえると、「無症状の段階で早期発見する」という検診の目的においては、MRIを介してリスクを評価し、必要な場合にのみ生検を行う方が合理的です。

PETによる評価の限界と今後の展望

FDG PET/CTは多くのがんで有用ですが、前立腺がんのような分化度の高い(悪性度の低い)腫瘍ではブドウ糖代謝が低いため感度が低く、早期病変の検出には適しません。一方、前立腺がん細胞表面に高発現する「PSMA(Prostate-Specific Membrane Antigen)」を標的としたPSMA PET/CTは、局在診断や再発検索に極めて有効であることが報告されています。(参考文献:Hofman MS et al., Lancet, 2020)

ただし、PSMA PETは日本国内では保険適用範囲が限られており、実施可能な施設もまだ少ないのが現状です。したがって、実臨床での第一選択はMRIが現実的といえます。

まとめ:MRIを経た生検が合理的な診断プロセス

PSA高値を認めた場合、かつては「まず生検」という流れが主流でしたが、現在ではMRIを挟んでリスク層別化することが国際的な標準になりつつあります。

  • PSA 4〜10 ng/mL:MRIで高リスク所見がある場合のみ生検を検討
  • PSA >10 ng/mL:MRIを併用しつつ、高リスク例では生検を積極的に実施
  • MRIで明らかな異常がない場合:経過観察や再検査を考慮

「がんの早期発見」とは、単にできるだけ早く見つければ良いという単純な話ではありません。がんの中には、腫瘍の形になる前の細胞レベルで検出しなければ命に関わるような高悪性度のものもあれば、ある程度の大きさになってから見つけても十分に治療可能な低悪性度のものもあります。前立腺がんの多くは後者に属し、分化度が高く進行が緩やかであるため、MRIで形を伴う段階で発見し、生検で確定診断を行うという流れが理にかなっているといえます。

保険適用における課題やコストの問題があるのですが、適切な画像診断を利用して身体への侵襲を最小限に抑えつつ、がんの悪性度に応じて必要十分なレベルでの早期診断を行うことが、現代の知見や技術を有効利用した前立腺がん診療の方向性であると私は考えています。

参考文献

  1. Thompson IM, et al. Prevalence of prostate cancer among men with a prostate-specific antigen level ≤4.0 ng per milliliter. N Engl J Med. 2004;350(22):2239–2246.
  2. EAU Guidelines on Prostate Cancer. European Association of Urology, 2023.
  3. Hofman MS, et al. Prostate-specific membrane antigen PET-CT in patients with high-risk prostate cancer before curative-intent surgery or radiotherapy (proPSMA study): a prospective, randomised, multicentre study. Lancet. 2020;395(10231):1208–1216.
  4. Ahmed HU, et al. Diagnostic accuracy of multi-parametric MRI and TRUS biopsy in prostate cancer (PROMIS): a paired validating confirmatory study. Lancet. 2017;389(10071):815–822.