がん検診における抗体検査の意義 ― 過去の感染歴を手がかりにがん発症リスクを見抜く
がんの発症には、遺伝的素因や生活習慣だけでなく、ウイルスや細菌などの感染が関与するケースが少なくありません。代表的なものとして、C型肝炎ウイルス(HCV)やB型肝炎ウイルス(HBV)による肝がん、ヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)による胃がんなどがあります。
このような感染関連がんのリスクを把握する上で注目されるのが、抗体検査(antibody test)です。多くの人が抗体検査というと、「現在感染しているかどうかを調べる検査」と思いがちですが、実際には過去に感染したかどうかを明らかにすることこそが、がん検診の場面では重要になります。
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抗体検査が示す「過去の感染歴」
抗体とは、体が感染に対して反応し、免疫記憶として作り出すタンパク質です。感染が治った後も長期間にわたり体内に残ることがあり、「感染の痕跡」として利用されます。がん検診で抗体検査を行う意義は、「いま感染しているか」ではなく、「過去に感染していたか」を確認することにあります。
たとえば、B型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)の抗体が陽性であれば、過去に肝炎ウイルスに感染していたことを意味します。感染がすでに治っていたとしても、その間に肝臓で慢性炎症や線維化が進行し、数年〜数十年後にがん化するリスクが高まっている可能性があります。同様に、ピロリ菌抗体陽性であれば、たとえ除菌済みであっても、感染時に胃粘膜の萎縮や腸上皮化生が進行していれば、その変化が残存し、胃がんの発生母地になることがあります(Uemura N et al., N Engl J Med, 2001)。このように、抗体検査は「いま起きている感染」を調べるよりも、「がんの芽が育つきっかけとなった過去の感染歴」を把握する手段として有用なのです。
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過去感染ががん化に至るまでのタイムラグ
感染ががん化に関与する場合、そのプロセスは数年から数十年にわたる長い時間をかけて進行します。たとえば、C型肝炎ウイルスでは、慢性肝炎 → 肝硬変 → 肝細胞がんという流れをたどるまでに20年以上の潜伏期間があることが知られています(El-Serag HB, N Engl J Med, 2011)。このため、感染が過去のものであっても、すでに形成されたがんが「いま」検出可能な大きさに育っている可能性があるのです。この点で、抗体検査はまさに時間をさかのぼるリスクマーカーとして機能します。すでに感染が終息していても、抗体陽性という情報から「過去に感染していた人」を抽出し、その人たちに対して重点的な画像検査を行うことが、効率的ながんスクリーニングにつながります。特に肝細胞癌や胃がんについては、PET検査があまり有効でないことが知られていることから、これらのリスクを持つ受診者には意識して定期的な腹部超音波検査や内視鏡検査を勧める必要があります。
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感染関連がんの代表例と抗体検査の役割
| 感染因子 | 主な関連がん | 有用な抗体検査 | 検査後の対応 |
|---|---|---|---|
| B型肝炎ウイルス (HBV) | 肝細胞がん | HBs抗原・HBs抗体・HBc抗体 | 肝機能検査・腹部USフォロー |
| C型肝炎ウイルス (HCV) | 肝細胞がん | HCV抗体 | 定期的な肝画像検査 |
| ヒトパピローマウイルス (HPV) | 子宮頸がん、咽頭がん、肛門がん | HPV抗体(研究段階) | HPVワクチン、定期的細胞診 |
| ヘリコバクター・ピロリ | 胃がん | ピロリ菌抗体 | 除菌・胃内視鏡フォロー |
ピロリ菌感染は日本人における胃がん発生の最大の危険因子とされており、厚生労働省の指針でも、除菌後も胃がんリスクが完全に消失するわけではないことが強調されています。過去感染を把握し、長期フォローを続けることが重要です。
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「いまの感染状況」よりも「過去の感染の痕跡」を重視する理由
抗体検査をがん検診に応用する際、誤解されやすいのは「現在感染しているかどうかを知ることが目的ではない」という点です。現在の感染を知るだけなら、抗原検査やPCR検査で十分です。しかし、がんスクリーニングの文脈では、むしろ「いつ感染したか」「どの程度長く感染していたか」が鍵になります。がん化は慢性的な炎症と修復の繰り返しの中で起こり、がん化した細胞が検出可能なサイズに育つまでに10年以上の時間がかかるるため、感染の終息から時間が経っていても、その時に形成された異常細胞がいま顕在化している可能性があります。したがって、抗体陽性者は「過去感染の痕跡を持つ潜在リスク群」として、リスクに応じたがん検診の対象とすべきです。
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まとめ ― 抗体検査は“過去を見る顕微鏡”
抗体検査は、単に「感染の有無」を知るものではなく、体の中に残る過去の感染の記録を読み取る検査です。がん検診の目的は、がんを「早期に発見する」ことですが、発生リスクを持つ人には適切な検診項目を提供することが大切です。その意味で、抗体検査は「感染の履歴を可視化するスクリーニングツール」としての役割を担っています。過去に感染していた期間に、がんの芽が静かに育っているかもしれない。だからこそ、抗体陽性の意味を単なる「既往感染」として見逃すのではなく、がんリスクの“過去ログ”として読み解く視点が求められます。
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参考文献
- Uemura N, et al. Helicobacter pylori infection and the development of gastric cancer. N Engl J Med. 2001;345:784–789.
- El-Serag HB. Hepatocellular carcinoma. N Engl J Med. 2011;365:1118–1127.
- Plummer M, et al. Global burden of cancers attributable to infections in 2018: a worldwide incidence analysis. Lancet Glob Health. 2021;9:e180–e190.
- 厚生労働省「ピロリ菌感染の除菌治療に関する指針(2023年版)」
- 日本肝臓学会「B型・C型肝炎ウイルス感染者の長期フォローアップ指針」

















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