感度90%で本当に役に立つ? リキッドバイオプシーの限界と診断精度のしくみ
近年、血液や尿などからがんの兆候を検出する「リキッドバイオプシー(液体生検)」が注目されています。体に負担の少ない新しいがん検査として、「採血だけでがんがわかる」と期待する声も多く聞かれます。しかし、その仕組みや限界を正しく理解しないまま利用すれば、かえって過信や見落としにつながる危険性もあります。
本記事では、リキッドバイオプシーをはじめとするがんのスクリーニング検査の役割と限界について、特に見落とされがちな「感度」「偽陰性」「有病率」といった観点から理論的に整理してみます。
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■ スクリーニング検査とは「診断」ではない
まず前提として知っておくべきなのは、リキッドバイオプシーは診断のための検査ではなく、「ふるい分け」のための検査=スクリーニング検査であるということです。陽性であってもがんが確定するわけではなく、二次検査(PET/CT、MRI、内視鏡など)によって最終的に病変の有無を確認する必要があります。逆に、陰性だった場合でも「がんがない」と断言はできません。つまり、スクリーニング検査はあくまでも「可能性を評価する」ための検査です。画像診断のように病変を直接可視化するわけではない以上、「陽性=がん」「陰性=安心」とはならないことを理解することが重要です。
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■ スクリーニングで最も重要なのは「感度」
このような「ふるい分け」の検査において最も重要とされるのが「感度(sensitivity)」です。これは、実際にがんのある人をどれだけ正しく陽性と判定できるかを示す指標です。スクリーニング検査では、「見逃さないこと」が最大の目的です。つまり、「陰性」と言われたにもかかわらず実はがんだったという偽陰性が起こると、患者にとっては重大な不利益になります。だからこそ、感度が非常に高いことが理想とされるのです。一方で、「偽陽性」(本当は健康なのに陽性と判定される)については、二次検査で除外すればよいため、スクリーニングではある程度許容されます。
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■ 感度90%では不十分な理由──「安心できない陰性」
一見、感度90%というと高い数値に思えますが、スクリーニングではこれでも不十分です。なぜなら、**10人に1人を見逃す=見逃し率10%**ということだからです。もしあなたがその1人だったら──。そう考えると、スクリーニング検査においては感度がいかに重要かわかるでしょう。
▼ 例:感度90%、特異度90%、有病率1%で1万人を検査した場合
- 実際にがんの人:100人
- 陽性と判定:90人(感度90%)
- 陰性と誤判定(偽陰性):10人
- がんでない人:9,900人
- 偽陽性:990人(特異度90% → 10%が誤って陽性)
→ 陽性者:90人(真陽性)+990人(偽陽性)=1,080人
→ 陽性的中率(PPV)= 90 / 1,080 ≒ 8.3%
つまり、「陽性」と言われても9割以上はがんではなく、逆に「陰性」と言われた人の中にもがんの人が10人含まれているという状況です。これでは、安心していいのか不安になるだけで、スクリーニングとしての価値は薄れてしまいます。
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■ 感度99.99%のスクリーニングがもたらす本当の価値
では、感度を極限まで高めるとどうなるかを見てみましょう。
▼ 例:感度99.99%、特異度80%、有病率1%で1万人を検査した場合
- 実際にがんの人:100人
- 99.99人を陽性と判定(ほぼ偽陰性ゼロ)
- がんでない人:9,900人
- 偽陽性:1,980人(特異度80% → 20%が誤って陽性)
→ 陽性者:99.99人(真陽性)+1,980人(偽陽性)=約2,080人
→ PPV:99.99 / 2,080 ≒ 4.8%
一見すると、陽性的中率はさらに下がっていますが、偽陰性がほぼゼロという点が最大のメリットです。つまり、「陰性ならまず安心できる」「陽性者を確実に拾える」ため、スクリーニングとしては極めて優秀です。
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■ 現実には「感度」は犠牲にされている
スクリーニングの本来の目的は、検査集団の中での有病率を高めることです。スクリーニング検査によって高リスク者を抽出しておけば、その後の二次検査(PET/CTや内視鏡)の陽性的中率が高くなり、より正確な診断が可能になります。つまり、高感度なスクリーニングによって「可能性のある人だけを集めて二次検査に回す」ことで、診断全体の効率と精度が大きく向上するのです。
しかし理論的には感度が最重要であるにもかかわらず、実際に開発・運用されている検査の多くでは、感度よりも「特異度(精度)」を重視する傾向があります。なぜなら、感度を高めれば高めるほど、偽陽性が増えてしまい、医療現場に以下のような影響が出るからです。
- 不要な二次検査が増えて医療資源が圧迫される
- 患者に不要な不安を与える
- 検査としての「信頼性」が低く見えてしまう
こうした理由から、実際のリキッドバイオプシー製品の多くは、特異度をある程度確保するために、感度を70〜80%程度に抑えているのが実情です。このように、「感度こそ最も重要」とされながらも、現実の運用では**“精度”を保つために感度が犠牲にされるという矛盾**があるのです。
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■ リキッドバイオプシーの現状と限界
リキッドバイオプシーは確かに魅力的な検査方法ですが、現時点では以下のような課題が残されています。
- 感度が不十分でスクリーニングとしては役に立たない
- 早期がんの検出率はさらに低い
- 病変を可視化できないので診断のためには必ず二次検査が必要
- 高額である(1回数万円〜十数万円)
- 二次検査(内視鏡やPET)の方が安価で感度も高い場合もある
そのため、「血液でがんがわかる時代」といった期待は、現実にはまだ時期尚早であり、適切な理解と慎重な運用が求められます。
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■ スクリーニング検査に求められる3つの条件
- 高感度(見逃さないこと)
- 簡便かつ安価で、多くの人が受けやすいこと
- 陽性者に対して二次検査で適切な診断ができること
この3つが揃って初めて、スクリーニング検査として実用に足るといえます。リキッドバイオプシーは技術的には魅力的でも、現在の費用や性能ではこの条件を満たしているとは言いがたいのが現実です。リキッドバイオプシーの結果が陽性で二次検査を受けにやってくる人は多いのですが、高くても90%程度の感度であることを考慮するとリキッドバイオプシーの結果が陰性だった人が二次検査を受けないことこそが問題となります。
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■ まとめ:「診断」ではなく「ふるい分け」であることを理解する
リキッドバイオプシーは、今後のがん医療の可能性を広げる技術である一方で、スクリーニング検査としての限界も正しく理解する必要があります。マスコミやSNSで発信される最新のエビデンスに惑わされないように注意しましょう。感度と特異度のバランス、偽陰性のリスク、そして検査の役割そのものをきちんと把握することで、無用な誤解や過信を防ぎ、本当に必要な人に適切な検査が届くようにしたいものです。

















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