膵癌の予防戦略 〜早期発見と発症リスクの低減に向けて〜
はじめに:膵癌とはどのような病気か
膵癌(すいがん)は、膵臓に発生する悪性腫瘍であり、日本においても年々増加傾向にあります。発症しても自覚症状に乏しく、見つかったときにはすでに手術不能例であることも多く、5年生存率は約10%未満と非常に悪性度の高いがんです(日本膵臓学会 2023)。
膵癌にはさまざまな組織型がありますが、大部分を占めるのが膵管腺癌で、これが最も悪性度が高く、転移しやすいタイプです。一方で、膵嚢胞性腫瘍(IPMNなど)の中には比較的経過が緩やかで、早期に発見されれば手術によって治癒も期待できるタイプも存在します。したがって、膵癌の予防戦略では、「悪性度の高い膵管癌をいかに早く見つけるか」、あるいは「そもそも発症させないようにするか」が中心的な課題となります。
本稿では、膵癌の一次予防(発症のリスクを下げる)と二次予防(早期発見によって予後を改善する)について、現在の理論に基づいた現実的な方策を検討します。
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二次予防(早期発見):現実的な手段は限られている
スクリーニング検査の現状と課題
膵癌の早期発見は極めて困難です。その理由は以下のように要約されます:
- 腹部深部に存在し、小さな腫瘍では症状が出にくい
- 良好なスクリーニング検査が存在しない
- 進行が早く、発見された時点で多くはステージIII以降
これまでに研究されてきた膵癌の検査法には以下のようなものがありますが、現実的にスクリーニングに適用できるのはごく限られています。
PET/CT:現時点で最も現実的な選択肢
18F-FDG PET/CTは、がん細胞の糖代謝の活発さを利用して画像化する方法で、悪性度の高い膵管癌の検出に対しては有効です(Tanaka et al., 2019)。ただし、経過が緩やかな嚢胞性腫瘍などでは糖代謝が高くないので検出困難となります。また、PET/CTは全身検索が可能な点から、他臓器への転移も一度に把握できるメリットがあります。

侵襲性がなく、比較的短時間で施行可能であることから、高リスク群に対する定期的スクリーニングには最も現実的な方法といえるでしょう。
MRI(拡散強調画像含む):限定的な有用性
造影MRIは膵嚢胞性病変の描出に有効ですが、悪性度の高い膵管癌に対する描出能はPET/CTより劣ります。特に造影剤を使わないMRIでは、検出感度がさらに低くなります。また、**拡散強調画像(DWIBS)**を用いても早期の膵管癌の検出には限界があります(Kitajima et al., 2018)。
超音波内視鏡(EUS):高感度だが侵襲性が課題
EUSは非常に高い解像度を持ち、小さな膵腫瘍でも描出可能ですが、内視鏡的な操作が必要で、侵襲性・専門性が高く、定期スクリーニングには適していません。
リキッドバイオプシー:まだ研究段階
血液検査で膵癌に関連するDNAやRNAを検出する「リキッドバイオプシー」は、将来的には非侵襲的スクリーニングとして期待されていますが、偽陰性率が高く、病変を見逃すリスクが高いためスクリーニングとしては現実的ではありません。また単独での使用では手術適応の判断は困難です(Cohen et al., 2021)。たとえ血液検査や尿検査で膵癌が陽性となっても、画像診断で病変が同定できない場合には治療や手術は現実的には不可能です。
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一次予防:膵癌の発症リスクを減らす
糖尿病と膵癌の関連
糖尿病は膵癌のリスク因子の一つです。特に2型糖尿病が5年以上持続している場合、膵癌リスクが約2倍に上昇することが報告されています(Chari et al., 2005)。これは高血糖そのものというよりも、糖尿病の背景にある膵臓の慢性炎症や膵β細胞の機能低下が関与していると考えられています。
加えて、新たに発症した糖尿病が膵癌の初発症状であることもあり、糖尿病患者で急激な体重減少や膵酵素の異常が見られた場合には、膵癌の可能性も疑う必要があります。
喫煙:最も明確な修正可能なリスク因子
喫煙は膵癌において最も確立した危険因子の一つです。複数のメタアナリシスにより、喫煙者は非喫煙者と比較して膵癌リスクが約1.7〜2.0倍高いとされています(Iodice et al., 2008)。
喫煙が膵癌の原因となるメカニズムには:
- 膵液性状の変化による慢性膵炎の誘発
- タバコ中の発がん物質による膵細胞DNA損傷
- 血管炎や虚血による膵細胞の慢性的なストレス状態
などが含まれます。したがって、禁煙は膵癌予防における最重要戦略の一つです。
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高リスク群の把握と対策
膵癌のリスクは一般集団の中では低いものの、以下のような高リスク群に該当する人々では定期的なスクリーニングが推奨されます。
- 家族に膵癌患者が複数いる
- 遺伝性膵炎の既往がある
- 新規糖尿病+急激な体重減少
- 膵嚢胞(IPMNなど)の指摘を受けた
- 慢性膵炎の既往
- 長期間の喫煙歴がある中高年
これらの群には、年1回程度のPET/CTを含めたフォローアップが現実的な対策といえるでしょう。
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結論:膵癌予防は現実的な対策の積み重ねから
膵癌の予防戦略は、現時点では「完璧な方法」が存在しないという限界の中で、少しでも早期に発見し、かつ発症リスクを下げることを目指す必要があります。
- 高リスク者にはPET/CTによる定期的なスクリーニング
- 糖尿病患者における膵機能の評価と慎重な経過観察
- 喫煙者に対する強力な禁煙指導
といった、多角的で現実的なアプローチが重要です。今後、リキッドバイオプシーなどの技術が実用化されれば、より非侵襲的な予防戦略が可能になるでしょうが、現時点ではPET/CTが最も有効な手段といえます。
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参考文献
- 日本膵臓学会. 膵癌診療ガイドライン 2023年版.
- Tanaka S, et al. Utility of FDG PET/CT for detecting early pancreatic cancer. Pancreas. 2019.
- Kitajima K, et al. Diagnostic performance of DWI and PET/CT for pancreatic tumors. Radiology. 2018.
- Cohen JD, et al. Detection and localization of surgically resectable cancers with a multi-analyte blood test. Science. 2021.
- Chari ST, et al. Pancreatic cancer in the course of new-onset diabetes. Gastroenterology. 2005.
- Iodice S, et al. Tobacco and the risk of pancreatic cancer: a review and meta-analysis. Lung Cancer. 2008.

















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